テレビのニュースで、最低賃金の引き上げについて取り上げていました。
働く側からすれば、時給が上がるのはうれしいことです。一方で、小さな飲食店の経営者が、人件費が上がった分を価格に転嫁しなければならない、という趣旨の話をしていました。
それを見ながら、少し考えました。
賃金が上がるのはうれしい。でも、そのお金はいったいどこから出てくるのだろう。
最低賃金は全国平均で56円の引き上げ
厚生労働省がまとめた2026年度の地域別最低賃金の答申では、全国加重平均は1,177円。前年度の1,121円から56円、約5%の引き上げです。
9月3日の発表では、新しい最低賃金は10月1日から12月2日にかけて、各地で順次発効する予定とされています。全国平均は目安で、実際に適用される金額と開始日は都道府県によって異なります。
最低賃金というと、一部の人だけの話に感じるかもしれません。でも、その少し上の時給で働いている人との賃金差が縮まれば、経験のある人の時給も見直す必要が出てくるでしょう。影響は、最低賃金で働く人だけにとどまらない可能性があります。
雇う側には、「人が足りない」という事情もある
人件費が上がったからといって、売上が同じだけ増えるわけではありません。原材料費や光熱費の負担もある中で、どうやって給料を払っていくのか。お店や会社にとっては切実な問題です。
ただ、今の状況を「人件費が高いから、人を減らせばよい」とだけ考えるのも難しそうです。
日本銀行の2026年9月短観では、全産業の雇用人員判断DIは大企業がマイナス29、中小企業がマイナス42でした。これは「人員が過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた割合を引いた数字で、マイナスが大きいほど不足感が強いことを表します。
中小企業の12月の予測はマイナス45。人件費の負担が増しても、人を確保するために賃金を上げたい企業がある、という背景が見えてきます。
増えた人件費を、全部値段に乗せられるわけではない
そこで気になるのが「価格転嫁」です。増えたコストを、販売価格や取引価格に反映することを指します。
中小企業庁が受注側の中小企業30万社を対象に実施した2026年3月の調査では、コスト全体の価格転嫁率は54.2%。人件費にあたる労務費は50.0%でした。
調査の集計では、上がった労務費を取引価格に反映できた割合は半分程度にとどまっています。取引の階層が深い企業ほど、転嫁しにくい傾向もみられます。
ここは少し注意が必要です。この調査は主に企業間の取引を見ています。「どのお店も人件費の半分しか値上げできない」「商品の値段の半分が人件費」という意味ではありません。また、3月の調査なので、秋の最低賃金引き上げの結果を測ったものでもありません。
それでも、人件費の増加を十分に価格へ反映できないという問題が、テレビに出ていた小さな飲食店だけに限られないことは分かります。
賃上げの原資は、値上げだけではない
給料を増やすためのお金は、値上げだけから生まれるわけではありません。
売上を伸ばす。仕事の進め方を見直す。設備や道具を使って、同じ人数でもより多くの仕事をこなせるようにする。会社が利益の一部を賃金に回す。いくつかの方法を組み合わせることになります。
ただ、どの会社にも同じ余裕があるわけではありません。値上げが難しく、効率化にも時間がかかるなら、利益が削られることもあるでしょう。
だから、賃上げ分が、そのまま同じ割合の値上げになるとは限りません。その一部が商品やサービスの価格に反映され、買い物をする私たちの家計に戻ってくることはあります。
賃上げと値上げは、家計の入り口と出口でつながっている。その間に、会社ごとの事情もあるのだと思います。
家計から見るなら、「実質」と「手取り」
仮に賃金が5%上がっても、生活に必要なものの値段がそれ以上に上がれば、暮らしは楽になりません。反対に、賃金の伸びが物価を上回れば、買えるものは増えていきます。
この購買力の変化を見る手がかりが、物価を考慮した「実質賃金」です。ただし、統計の平均が改善しても、自分の家計が同じように楽になるとは限りません。
働く時間が変われば月収も変わります。税金や社会保険料を差し引いた手取り、よく買う食品の値上がり方によっても実感は違います。年金などが主な収入の家庭では、賃上げの恩恵より値上げの負担を先に感じることもあるでしょう。
賃金の数字と一緒に、わが家の手取りと支出も見る。家計を小さなチームとして考えるなら、収入を得る人だけでなく、そのお金で暮らす家族全体の変化を確かめたいところです。
人手不足と、新しい求人の弱さは同時に起こる
これからの雇用も気になります。
厚生労働省が10月2日に公表した8月の有効求人倍率は1.18倍で前月と同じでした。一方、新規求人倍率は2.06倍へ低下し、新規求人数は前年同月比3.4%減となっています。
これはハローワークの求人の数字で、雇用市場全体をそのまま表すものではありません。それでも、人手不足が残る一方で、新しく人を採ろうとする動きには弱さがある、という組み合わせは気になります。
8月の求人の変化を、秋の最低賃金引き上げが原因だと決めつけることはできません。業種ごとの違いや景気、採用の方法なども含めて、続けて見ていく必要があります。
値札の向こう側も、少し見てみたい
これから追いかけたいのは、次の四つです。
- 賃金の伸びが物価を上回る状態が続くか
- 人手不足の強さはどう変わるか
- 新しい求人の弱さが続くか
- 中小企業が人件費を価格に反映しやすくなるか
家計を考えるとき、スーパーの値札だけを見ていても分からないことがあります。その向こう側には、作る人、運ぶ人、店頭で働く人、給料を払う会社がいます。
給料が上がるのはうれしい。そのうれしさが、買い物のしやすさや働く機会にもつながっていくといい。
家計も企業も、同じ経済の中にいる。最低賃金のニュースをきっかけに、そのつながりを少しずつ見ていこうと思います。
参考資料
- 厚生労働省「令和8年度最低賃金額答申」(2026年9月3日公表)
- 経済産業省「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」(2026年6月26日公表)
- 日本銀行「短観(2026年9月)」(2026年10月1日公表)
- 厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)」(2026年10月2日公表)
※2026年10月4日時点の公表資料をもとに記載。求人倍率は季節調整値、新規求人数の前年比は原数値です。

