前の記事では、最低賃金の引き上げをきっかけに、給料を払う企業と、買い物をする家計のつながりを考えました。
では、賃上げは実際の暮らしにどれくらい届いているのでしょうか。
10月7日に公表された賃金の統計では、物価を考慮した「実質賃金」も増えていました。これはうれしい変化です。
ただ、「賃金が増えた」というニュースと、自分の家計の実感は、必ずしも同じではありません。今回は、給料の金額、買えるもの、手元に残るお金を分けて考えてみます。
8月は、賃金の伸びが物価の伸びを上回った
厚生労働省の毎月勤労統計調査・2026年8月分速報によると、事業所規模5人以上の一人平均の現金給与総額は、前年同月比3.8%増でした。
物価を考慮した実質賃金は1.5%増。2026年1月から8か月連続で、前年同月を上回っています。
ここでの実質賃金は、消費者物価指数の「持家の帰属家賃を除く総合」を使ったものです。「総合」を使う参考系列では1.9%増となっており、この記事では1.5%の系列を見ます。
平均で見ると、賃金の伸びが物価上昇を上回り、給料で買えるものが増えた。まず、この改善は受け止めたいと思います。
ただし、これは2026年8月の賃金を示す数字です。前の記事で取り上げた2026年度の地域別最低賃金の改定は、同年10月以降、地域ごとに順次発効します。今回の8月の実質賃金の改善を、この最低賃金引き上げの効果として評価することはできません。
給料が増えることと、買えるものが増えること
「名目賃金」は、物価を差し引く前の給料の金額です。「実質賃金」は、その給料でどれくらいの商品やサービスを買えるかを見るための数字です。
例えば、給料が月30万円から31万2,000円になったとします。増えたのは1万2,000円で、伸び率は4%です。
一方、同じものを買うための費用が2%上がったとします。
- 給料の金額は、4%増えた
- 同じ買い物に必要なお金は、2%増えた
- 給料の購買力は、約1.96%増えた
購買力の計算は、1.04÷1.02−1です。おおよそ「賃金の伸びから物価の伸びを引く」と考えるとイメージしやすいですが、正確には割り算になります。
給料が4%増えても、買えるものが4%増えるわけではない。この違いが、名目と実質の間にあります。
実質賃金は、「手取り」のことではない
もう一つ、家計から見ると大事な違いがあります。賃金統計の給与は、税金や社会保険料などを差し引く前の金額です。実質賃金も、手取りを物価で調整した数字ではありません。
説明用に、給料から差し引かれる金額を次のように仮定してみます。
| 項目 | 賃上げ前 | 賃上げ後 |
|---|---|---|
| 給料の総額 | 30万円 | 31万2,000円 |
| 税金・社会保険料など | 6万円 | 6万3,000円 |
| 手取り | 24万円 | 24万9,000円 |
※仕組みを説明するための仮定です。実際の税額・保険料の試算ではありません。
この例では、給料は1万2,000円増えていますが、手取りの増加は9,000円、伸び率は3.75%です。仮に物価が2%上がっていれば、手取りで買えるものの増加率は約1.72%(1.0375÷1.02−1)になります。手取りが増えても、暮らしの余裕が同じ割合で増えるとは限りません。
ただし、賃上げで必ずこの金額の負担が増えるという意味ではありません。実際の控除額や変わる時期は、人によって異なります。
ニュースの賃金の伸びと、給与明細の手取りの伸びは、分けて確認したい。家計にとっては、振り込まれたお金からいくら残るかも大切です。
平均の物価と、わが家の値上がりは違う
同じ収入でも、何に多くお金を使うかは家庭によって違います。
食品を多く買う家、車を使う家、家賃を払う家。必要なものの組み合わせが違えば、値上がりの影響も変わります。
統計の実質賃金が改善していても、よく買う食品が大きく値上がりしていれば、「まだ楽になった感じがしない」ということはあるでしょう。
また、今回の数字は働く人の賃金の平均で、すべての人が同じ割合で賃上げされたわけではありません。年金や自営業の収入が中心の家庭にも、そのまま当てはめられる数字ではありません。
去年より増えたことと、以前に戻ったこと
前年比がプラスになったと聞くと、以前の暮らしやすさも戻ったように感じるかもしれません。
でも、「去年より良くなった」と「それまでの低下を取り戻した」は別です。
例えば、購買力が100から95へ下がったあと、1.5%増えたとします。95×1.015で約96.4。改善はしていますが、まだ100には戻っていません。
これは今回の統計の実際の推移ではなく、考え方を示す例です。
改善を喜びながら、これまでの値上がりで感じた負担がすぐ消えるわけではないことも覚えておきたい。その両方を見てよいのだと思います。
時給が上がっても、月の収入は働く時間で変わる
今回の速報では、パートタイム労働者の時間当たり給与も前年同月比4.3%増でした。
ただ、時給と月収も同じではありません。例えば、時給1,200円で月80時間働けば9万6,000円。時給が1,250円になっても、月75時間なら9万3,750円です。
時給は上がったのに、月の給与は減っています。働く時間が増減すれば、こうしたことも起こります。
だから家計で見るなら、時給だけでなく、働く時間と月の手取りまで一緒に確かめると分かりやすくなります。
数字を、わが家の暮らしにつなげる
実質賃金が増えていることは、家計にとって良い方向の変化です。ただし、平均の改善がどれだけの家庭に届いているかは、この統計だけでは分かりません。
家庭で確認するなら、まずは次の四つでしょうか。
- 給料や時給は、実際にどれくらい増えたか
- 働く時間と、月の手取りはどう変わったか
- よく買うものや、必要な支出はどれくらい増えたか
- 必要な支出を差し引いたあと、手元に残るお金は増えたか
今後は実質賃金の改善が続くかに加え、10月以降の最低賃金改定が働く人の収入にどう表れるかも見ていきたいと思います。一度の統計だけで結論を出さず、数字の推移と暮らしの変化を確かめていきます。
家計を小さなチームとして考えるなら、収入の担当が頑張った分を、家族全体の暮らしにつなげていきたい。
「給料が増えた」の、その先に何があるのか。
ニュースの数字と、わが家の給与明細や買い物を並べながら、少しずつ確かめていこうと思います。
参考資料
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026年8月分結果速報」(2026年10月7日公表)
- 厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」(2026年9月3日公表)
※2026年10月8日時点の公表資料に基づきます。統計は事業所規模5人以上・就業形態計を基本に記載。実質賃金は現金給与総額の「持家の帰属家賃を除く総合」による系列です。速報値は確報で改訂される場合があります。本文の家計の金額例は仮定であり、統計の平均額や個別の税・社会保険料を試算したものではありません。
